読書記録~世間とズレちゃうのはしょうがない

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“世間”なるものは、いったいどんな形をしているのでしょう。ひと昔前はそれらしき人生のモデルがありました。良い大学に入って一流会社に入り、定年まで勤めあげる。大多数の人が疑うことの無かった幸せの王道を、なんとなく自分は歩めそうにないと気づいていた養老孟司さんと伊集院光さん。お二人の対談を通して、ズレているからこそ見える形なき“世間”の形があらわになってきます。

子供のころ、突出して体が大きいことで疎外感を感じていた伊集院さん。仲間から排除されないように、まわりに合わせて合わせて、世間からのずれを少しでも少なくしようとしていたそうです。かたや養老先生は、世間と自分がそもそもズレていて、合わせようがない、と自覚して人生を歩んでこられた。対極にいるように見えるお二人ですが、共通項は「世間からズレてはいても離れていない」こと。それが個性とも強みともなり、結果、世間から求められ活躍なさっていることは周知のとおりです。

昔なら「ドロップアウト」と言われた「ズレた」人生を歩いている人の方が、燦然と輝くオンリーワンになれるのかもしれません。日本の社会に馴染めなかった真鍋叔郎さん、主流から外れた道を歩んでおられた山中伸弥さんはノーベル賞受賞という偉業を成し遂げているし、身近な例だと人気Youtuberに、世間に馴染めず引きこもった時期があったり、一般社会に違和感を感じた過去が少なからずあるのは、偶然ではないように感じます。

お二人の対談は科学のこと、AIのこと、人間の意識について、ヒトとはなにか、多様性をめぐる考察など多岐にわたって繰り広げられます。漠然と疑問に思っていたことが明快になったり、大きな気づきがあったり、はたまた新たな迷宮に入り込んだりと、読む人が世間というものをどう見ているかで、この本の印象は大きく変わるでしょう。旧体制の中で社会人人生を歩んできた平凡ど真ん中の私には、面白い視点がたくさんあって、一気に読むことができました。

一方で、すでに世間とつかず離れず、自分らしい生き方、働き方をするのが当たり前になりつつあるる若い世代は、この本をどう読むのかしら、と興味もわきます。世間というものを中心に生きているからこそ「ズレ」感を感じるわけで、それは昔のモデルケースをいまだ引きずっている世代だけの感覚なのかもしれないとも思うのです。ある意味、自分の指針になる本かもしれませんね。

 

 

おしゃべりな部屋

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ずいぶん昔、毎週楽しみにしていた番組がありました。部屋に置かれている道具や本から、その部屋のあるじの職業を推理するという変わった視点のクイズ番組で、今でも再放送をしてほしいと思っているくらい、大好きでした。

中でも鷹匠の部屋と、遊園地の遊具デザイナーが構えるオフィスは、今でもはっきり覚えています。森の中にある鷹匠の部屋には、丁寧に手入れされ、使い込まれた道具たちが相棒であるタカとの暮らしぶりを象徴していましたし、遊園地が一望できる遊具デザイナーのオフィスには、壁一面に工学に関する本が並び、デスクの上には観覧車などのミニチュアが置かれていました。

この2つの部屋に限らず、クイズに出された部屋に中にあるものは、ペン1本ですら、そこで暮らす人の意思が感じられるものばかり。一見、無駄に見えるようなものであっても必要だからこそ部屋に招かれ、あいまいな気持ちで選んだものや不要なものは、必然的に淘汰されていっただろうと想像されます。

番組名をすっかり忘れていましたがネット検索をすれば、何でもわかるものですね、1999年に放送されていた「誰もいない部屋」だそう。20年以上も前なのに、鷹匠の部屋も遊具デザイナーのオフィスも、ありありとその様子を思い出すことができます。それは置かれたモノたちが、“部屋のあるじ”の姿を雄弁に語りだす「おしゃべりな部屋」だったからでしょう。なんとも魅惑的ではありませんか。

自分の部屋を見回しても、部屋の中にあるものはすべて、“わたし”というフィルターを通して選ばれています。フォルムが、素材か、色が好きだから、イメージに合っていたから。理由はどうあれ、選ばれた一つ一つのモノが重なり合い、なじみあい、時に淘汰され、手元に残ったモノたちと一緒に生活をしていくことで私の部屋の風景が出来上がる。インテリアが「内面」という意味を持つことを考えれば、暮らす部屋はその人そのものなのかもしれません。あるじがおらずとも、暮らし手の残り香を感じるような、おしゃべり上手な部屋になるように、整えていけたらなと思っています。

 

春告サラダ

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季節感や旬を大事にしながら暮らしたいと思いつつ、忙しさを言い訳におろそかにしてしまう日々。最近は四季の境目が薄れてきたとはいえ、その時期にしか見られない風景、その時期だけの味が、季節の移ろいと共に必ずあります。気軽に遠出ができなくなってからは、花屋さんの店先に飾られている花々に、スーパーに並ぶ野菜に、その変化を見つけに行くのが楽しみとなりました。

特に近くにある商業施設の中のマルシェは、季節によって並ぶ野菜が変わってわかりやすい。淡いパステルトーンの春野菜が日に日に多くなり、本格的な春がすぐそこまでやってきているのを実感します。白く柔らかそうな新玉ねぎを見つけたら、この時期にしか味わえない簡単サラダを作りましょう。

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用意するものは、新玉ねぎ、カッテージチーズ、黒コショウ、オリーブオイルの4つだけ。

薄くスライスした新玉ねぎの上にカッテージチーズをのせ、黒コショウを振る。仕上げにオリーブオイルをひと垂らししたら出来上がり。玉ねぎは水にさらす必要はありません。黒コショウはミルで挽くタイプの方がアクセントになります。オリーブオイルはその時家にあるモノで十分ですが、緑色の薫り高いエクストラオリーブオイルだとより一層玉ねぎの甘みを感じることができるでしょう。

これは買ってきたら早めに作ることをおススメします。日が経つと新玉ねぎといえど、“ひねた”感じの辛みが出てきます。それも嫌いではないのですが、やっぱりこのサラダは玉ねぎの甘みがおいしさのベース。春が来たことを告げるこの時期限定の簡単サラダは、我が家の定番となっています。春はこれからが本番。当分楽しめそうです。

 

 

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春を探しに

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気温10度を下回る日が続いていても、暦の上では春。いつもならロウバイの甘い香りに包まれたくて遠出をしているけれど、今の状況を考えると出かけにくい。迷ったけれど体の健康と同じく心の健康も大事と思い、昭和記念公園で春を探すことにしました。

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昔は嫌いだった冬枯れの時期を、美しいと感じるようになったのはいつからかしら。四季折々、花が咲き乱れることで有名な公園も今はまだ冬の表情。葉を落とした枝の間から、のどかな日の光が降り注いでいます。早咲きの梅が咲いているのはJR立川駅からは一番離れた、こもれびの池周辺。広大な公園内を自転車を借りてめぐることもできますが、日ごろの運動不足解消に歩きましょう。

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途中、花木園ゾーンでもロウバイと早咲きの梅を見ることができます。周りに人がいないのを見計らってマスクを外し、ロウバイの甘い香りを思いっきり楽しみます。そう、これよこれ、この香りが私にとっての“春一番”。梅は咲いてはみたものの,、風の冷たさに凍えているような風情で、ちょっとかわいそうになってしまいました。

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こもれびの池まで来ると本数も多くなり、ここだけ一足先に春が来ているようです。梅にもいろいろ品種がありますが、梅のイラストを描いてごらんなさい、と言われたら誰もが思いうかべる一重で花弁の丸い梅が好きみたい。どんな花も原種に近い方が香りが強く、可憐さも優っている気がするのは気のせいでしょうか。

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どの木も、全体的に咲いている割合はまだ少ないけれど、枝先には花芽がいっぱい!あと2週間もすればきれい咲きそろいそうです。その頃には早咲きの桜が目を覚ますでしょう。モノトーンだった街が鮮やかに色づくのも、もうすぐです。

 

 

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朝のBGM

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休日も仕事の日も、起床時間は季節を問わず朝の5時。日の出が遅い季節は、起きる時間を遅くした方が体のためには良いらしいけれど、生活リズムがそうさせるのか、何時に寝ても5時にはいったん目が覚めてしまいます。

冬の5時台はまだ太陽が顔を出す気配もなく、小鳥たちの鳴き声さえしない静寂の時間帯。違いがあるとしたら、こよなく愛するこの静けさを、休日は心行くまでゆっくりと楽しめることでしょうか。

濃紺だった空が少しづつグラデーションに染まりだす頃、読んでいた本を閉じ、オーディオのスイッチを入れます。

朝のBGMは決まって、インターネットラジオJazz radio.com。プログラムのひとつ、Paris Cafeは軽やかな曲が多く、1日の始まりにはピッタリなのです。

www.jazzradio.com

Jazz radio.comは、その名の通りジャズ専門のインターネットラジオで、多数のチャンネルがあります。各チャンネルはそれぞれのジャンルのエキスパートが手作業で選曲しているそうで、それが長年聞いていても飽きない秘密なのかもしれません。

朝や休日のブランチには「Paris Cafe]

家事や料理のおともには「MODERN VOCAL JAZZ」「SMOOTHVOCALS」

夜、まったりと落ち着きたいときは「VOCAL LEGENDS」

を聞くことが多いです。

「Coffee Jazz」もクラシックな雰囲気を楽しみたいときにはうってつけ。「Paris Cafe]がオープンカフェのイメージなら、「Coffee Jazz」は昔ながらの重厚な喫茶店のイメージと言ったところ。その時の気分やシチュエーションでチャンネルを選べるので、休日、家に居る時はほとんどこのラジオで音楽を聴いています。

無料版だと時折広告が流れますが、私は気になりません。CMが英語だからなのか、外国のラジオを聴いている感があって、かえって良かったりします。

さて、今日はどのチャンネルをBGMに過ごそうかしら。

 

 

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第四のミッション(前編)レンタル返却

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コロナがまん延し始めたおととし。私にもテレワークの波が押し寄せました。「くつろぐ」要素すら無い家の中。自宅で仕事をすることなど想定されていようはずもありません。食事を摂るテーブルとイスはありましたが、長い間使ってきた椅子の座面には凹みがつき、長時間同じ姿勢を保って仕事をするには不向きでした。しばらく我慢していましたが、次第に体のあちこちが痛み出し、しまいには肩が動かなくなるという事態に。これは早急に仕事机にも代用できるようなテーブルと椅子を買わなければ・・・。しかし、そうもいかない事情がありました。次の更新までには引っ越しをするつもりなのです。この段階で買ってしまって、果たしてそれは次の部屋のインテリアに合うのだろうか。簡単に買い換えられるものではないし、でもこれを使い続けるのは体がもたない。そうだ!レンタル!

一人暮らしを始めた頃、テーブルをレンタルしたのを思い出したのです。当時のレンタル家具は品数も少なく、一時しのぎに使う程度のものが借りられるだけでしたが、サブスクが広まっている今なら増えたにに違いないと思って探したら、あったあった、ありました。

家具のレンタル、と一口に言っても、買取ができるタイプとレンタルのみのタイプがあるようです。落ち着いたら自分好みのテーブルと椅子を買うつもりだから、レンタルのみで安く借りたい、と選んだのはCLASでした。

clas.style

私が利用し始めた頃は、最低レンタル期間や返却手数料がかかっていましたが、今はそれが撤廃され、気軽に借りられるようになったようです。レンタルが初めの方、短期間で借りたい方、いろいろ試してみたい方にお勧めです。

買取もできるのはair room。レンタル料はCLASに比べると高めですが、インテリアショップで見かける家具が多くある気がします。いずれは買いたいと思う家具をお試し感覚で借りられるのではないでしょうか。

air-room.jp

最近はあの無印も家具のサブスクを始めました。今はもう、所有にこだわる時代ではありません。服を着替えるように家具を替えても良いのだと思います。かわいいと思った椅子が座りにくかったり、テーブルが思いのほか大きかったとか、たくさんの家具を見て触れて試してみることは、インテリアの勉強にもなるはずです。

さて、あともう少しで借りたテーブルとイスともお別れ。先日、気になっていたお店で意を決してオーダーしてきました。1か月後には我が家にやってきます。実際に部屋に置いたらどんな感じになるのかしら。今からドキドキです。

 

 

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読書記録~ジジイの片づけ~

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コロナが日本に蔓延し始め、前代未聞の「緊急事態宣言」が出されたころの事。以前よりゴミの量が増えたとニュースが流れていました。外出もままならず、家でできる気分転換は「断捨離」だと考えた人は多いらしく、今がチャンスとばかりに不用品を処分した結果だそう。当時は感染者が増え、ゴミの回収に支障が出る地域があったから、ちょっとした社会問題だったように記憶しています。物が豊富にある時代、いつの頃からか「片づけ」は国民的課題になってきました。この本は著者の「片づけ」の心得やエピソードを、イラストレーターならではの独特な目線でユーモラスに綴ったエッセイです。

 

www.shueisha-cr.co.jp

部屋をモノであふれさせるのが喜びであったはずが、いつしかその生活が疎ましくなり始めた著者。趣味の山登りを通して「片づけ」は若い頃から習慣として身についているけれど、目指しているのはミニマリストでも断捨離でもない。快適に生きるための手段として「片づけ」を行うのだと言い切ります。

「片づけも一汁一菜」

毎日行う片づけというものは、人を羨ましがらせたり幸せを見せつけたりするるためのものではない。自分が快適で心地良く、健康で幸せに生きるためのつつましい日課である。

なんのために片付けるのか、を明快に説いた一文だと思います。生活感の無い部屋を好む人もいれば、多少散らかっている方が落ち着く、という人もいるでしょう。研究者や作家の、本や資料に囲まれた無秩序に見える部屋も、実は彼らなりのルールで片付いていたりするものです。モデルルームのような空間にすることが正解なのではなく、どんな状態であれ、住み手が快適であればそれで良いのだと思います。

「明窓浄机の部屋」

ものを置かないということは、決断力を鍛えることでもある。

~中略~

隠遁とは老いた者だけに許される身分ではない。何歳であろうと、無駄なもののない空間で、清らかな時間を持てることは宝であり、その精神的な贅沢こそが隠遁なのである。

都会にいながら清く静かな生活を求めるのが隠遁術である、と言う著者。それは魅力的な部屋に住む著者の友人・知人の暮らしからもうかがい知ることができます。彼らの部屋はきれいに片付き、何を置くか厳しく見定め、必要ないものは買わない。俗世間の価値観や他人の評価・評判から離れ、自分の心にのみ耳を傾ける生き方は、まさしく「清く静か」であると言えましょう。

さぁ、そうとなったら部屋を片付けないわけにはいきません。忙しさを理由に、テーブルの上は散らかりっぱなし。片づけ一汁一菜の精神で取り組みますか。

 

 

 

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